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【石平】故金泳三韓国元大統領は竹島に接岸施設を建設し、好き放題を当時の日本政府が何もしなかった。だから韓国が増長した! [転載禁止]©2ch.net

1 :オリエンタルな名無しさん@転載は禁止:2015/11/22(日) 23:51:00.55 ID:ZaeQQ64E
【石平】

韓国元大統領の金泳三氏が亡くなった。
彼は在任中に、竹島に船の接岸施設を建設したりして好き放題なことをやっていたが、
当時の日本政府が領土を守るために何らかの対抗措置をとったかといえば結局何もしなかった。
かつての日本の対韓外交は、どれほど弱腰で間抜けだったのか。だから韓国が増長した!

https://twitter.com/liyonyon/status/668200024539435008

2 :オリエンタルな名無しさん@転載は禁止:2015/11/23(月) 00:08:53.54 ID:s51GXKN0
弱腰になったのは戦争負けた負い目から

3 :オリエンタルな名無しさん@転載は禁止:2015/11/23(月) 13:42:16.96 ID:s51GXKN0
ニダ

4 :オリエンタルな名無しさん@転載は禁止:2015/11/28(土) 04:21:13.26 ID:eR8OEhcj
>>97
金泳三/キムヨンサム - 世界史の窓
www.y-history.net/appendix/wh1703-056_1.html
金泳三/キムヨンサム. 第14代大統領(1993〜98)。


韓国の不法占拠後の1981年に韓国が竹島の東島にヘリポートを建設
この時の鈴木善幸内閣/官房長官 宮澤喜一/外務大臣 伊東正義 

1997年(平成9年)11月:韓国、500トン級船舶が利用できる接岸施設設置。日本政府は抗議。
この時の橋本内閣/官房長官 梶山静六/外務大臣 池田行彦 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC2%E6%AC%A1%E6%A9%8B%E6%9C%AC%E5%86%85%E9%96%A3

1998年(平成10年)12月:韓国、有人灯台設置。日本政府は抗議。
この時の小渕内閣内閣/官房長官 野中広務/外務大臣 高村正彦 /


2013/02/28
【政治】「竹島の日」に竹下登・桜内義雄・青木幹雄氏など島根県選出の大物国会議員が長年にわたって不誠実な対応
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1362036147/

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【竹島】韓国で「独島学校」開校[2/27]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1361924920/22-34
http://lo gsoku.com/r/news4plus/1361924920/22-34
【竹島問題】独島専門家のシン・ヨンハ教授、日本に反論講演「大韓民国の完璧な領土である16のポイント」[02/22]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1361601628/553-569,571,582,583
http://lo gsoku.com/r/news4plus/1361601628/553-569,571,582,583
2012/08/26
【日韓】 韓国大統領、慰安婦問題での失望が竹島訪問の引き金?[08/25]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1345946992/363-367,373-377,384-385
http://lo gsoku.com/r/news4plus/1345946992/363-367,373-377,384-385

5 :オリエンタルな名無しさん@転載は禁止:2015/11/28(土) 04:23:52.81 ID:eR8OEhcj
大単于冒頓に学ぶ領土問題
http://blue.a p.teacup.com/tokaku15/148.html
 匈奴と敵対する東胡という部族がいました。
 王が若い冒頓になったと聞いた東胡王は、「与しやすし」と考え、次々と要求を出してきました。
やれ馬をよこせ、やれ妃をよこせ・・・
 冒頓は笑ってそれらをよこしてやりました。
 東胡王はさいごに、匈奴と東胡の中間に位置する、石ころだらけでヘンピではあるものの、
匈奴の配下にある土地の提出を要求しました。

 冒頓は居並ぶ臣下を前に言いました。
 「領土をくれてやってよいと思うものはこっち、そうでないと思うものはこっちに移動せよ」
 群臣は二手に分かれました。
 二手に分かれ終わったのを見届けた冒頓は、「領土をくれてやる」側に就いた家来を皆殺しにしました。
 「土地は国の根本だ!土地なくして強国が作れるか!」

 冒頓は準備を万端に整え、東胡に攻撃を仕掛けました。
 様々な貢物をもらったせいで、匈奴への備えを完全に怠っていた東胡はあっけなく滅びました。
 その後も冒頓は快進撃を続けます。


冒頓単于(ぼくとつぜんう)の怒り
http://02920169.a t.webry.info/201209/article_15.html
明治大学の山内昌之教授が指摘しているように、中国には昔以下の様な逸話がある。司馬遷の史記に
出て来る話であるが、そういう文化の中で世界の国々は生き延びてきているのである。日本だけが平和ボケ
している現状をもっとはっきりと認識しなくてはならないのだ。
269 : 268[sage] 投稿日:2015/02/24(火) 02:41:51.60 ID:tBlBvyuT0 [9/18回(PC)]
紀元前209年、即位したばかりの冒頓(ぼくとつ)を侮った隣国の東胡が、千里を走るという馬を望んだ時に、
臣下は国の宝を譲ることに反対した。しかし冒頓は隣国との和のために名馬を与えた。すると増長した東胡は
単于の美しい妃を所望した。この無法に怒った側近を宥めて善隣友好のため美妃を届けた。するといよいよ
驕慢になった東胡の王は両国の中間にある捨て地の領有を認めるよう要求してきた。すると不毛地だから
与えても良いと進言した部下達がいた。ここで冒頓は怒りをあらわにして、こう言った。「土地というものは
国家の根本である。どうして、土地を与えることが出来ようか」。冒頓単于は、領土問題で妥協を説いた臣下を
処断した後、兵を発して大いに東胡を破ったというのでる。
この逸話は、国家間の関係において、謂れのない要求に屈すると理不尽な要求が次々に出されることを
教えている。事態は連鎖反応のように後に引くのだ。これはまさに今の日本の状況そのものではないだろうか。
これまで日本は親善友好を盾に或いは過度の遠慮からか、ことを荒げることを嫌い万事曖昧にしてきた付け
が今になって表面化しているのだ。


2010.9.23
【尖閣衝突事件 私はこう見る】「日本は保有の覚悟示せ」 ジェームス・アワー・ヴァンダービルト大学日米研究協力センター所長
http://blo gs.yahoo.co.jp/tncfn946/26340941.html
 尖閣諸島の保有に関しては日本自身が覚悟をせねばならないだろう。
尖閣の主権をあくまで主張するならば、それを守る決意があることを示さなければならない。
そのために戦う覚悟を示してこそ、初めてその領土への主権に正当性が得られるとさえいえるだろう。
その点で日本政府が竹島に対してとっている態度は悪い見本となる。

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